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東京高等裁判所 平成12年(ネ)617号 判決 2000年7月24日

横浜市<以下省略>

控訴人(附帯被控訴人)

横浜市<以下省略>

被控訴人(附帯控訴人)

右両名訴訟代理人弁護士

武井共夫

野呂芳子

金谷達成

東京都中央区<以下省略>

控訴人兼被控訴人

新光証券株式会社

(附帯控訴人兼附帯被控訴人)

(旧商号・新日本証券株式会社)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

高芝利仁

亀屋佳世乃

主文

一  控訴人兼被控訴人(附帯控訴人兼附帯被控訴人)新光証券株式会社の控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

二  原判決の主文一項中控訴人(附帯被控訴人)X及び被控訴人(附帯控訴人)Yに関する部分並びに同二の1項及び三項をそれぞれ次のように変更する。

1  控訴人兼被控訴人(附帯控訴人兼附帯被控訴人)新光証券株式会社は、控訴人(附帯被控訴人)Yに対し、金二一五四万〇六三五円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人兼被控訴人(附帯控訴人兼附帯被控訴人)新光証券株式会社は、被控訴人(附帯控訴人)Yに対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人(附帯控訴人)Yのその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて、控訴人兼被控訴人(附帯控訴人兼附帯被控訴人)新光証券株式会社の負担とする。

四  この判決の二の1及び2の各項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴及び附帯控訴の趣旨

1  控訴人(附帯被控訴人)X(以下「X」という。)の控訴の趣旨(当審における請求の拡張後のもの)

(一) 原判決中Xに関する部分を次のように変更する。

控訴人兼被控訴人(附帯控訴人兼附帯被控訴人)新光証券株式会社(以下、本件当時の旧商号を用いて「新日本証券」という。)は、Xに対し、金二一五四万〇六三五円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審を通じて、新日本証券の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  被控訴人(附帯控訴人)Y(以下「Y」という。)の附帯控訴の趣旨

(一) 原判決中Yに関する部分を次のように変更する。

新日本証券は、Yに対し、金二八六万円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審を通じて、新日本証券の負担とする。

(三) 仮執行宣言

3  新日本証券の控訴及び附帯控訴の趣旨

(一) 原判決中X及びYの各予備的請求を認容した部分をいずれも取り消す。

(二) X及びYの各予備的請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審を通じて、X及びYの負担とする。

二  本訴請求の趣旨

1  X(当審における請求の拡張後のもの)

右一の控訴の趣旨等1の(一)と同旨

2  Y(附帯控訴に伴う当審における請求の拡張後のもの)

右一の控訴の趣旨等2の(一)と同旨

第二本件事案の概要

一  本件事案の概要

本件は、新日本証券の顧客として同社の外務員であったB(以下「B」という。)に対して投資のための金員を交付したX及びYが、右の金員はBを通じて新日本証券に預託したものであるとして、新日本証券に対してその未返還分の返還等を求めている事件である。

本件において、Xは、主位的に、同人がBに交付した三一一〇万三九九〇円は、投資のための金員として新日本証券に預託したものであるとして、そのうちBから返還を受けていない残金二一五四万〇六三五円の返還を求め、予備的に、Bが右金員を受領した行為が不法行為に当たるものとして、その使用者の地位にある新日本証券に対し、弁護士費用を含む損害のうちの一部である二一五四万〇六三五円(当審において、予備的請求につき弁護士費用に相当する損害二一五万四〇六四円の賠償請求を追加したので、弁護士費用を除くその余の損害の賠償請求額は一九三八万六五七一円となった。)の賠償を求め、また、Yも、同様に、主位的に、Bに交付した一〇〇万円は、投資のための資金として新日本証券に預託したものであるとして、その返還とBの不法行為により被った弁護士費用を含む損害である一八六万円の賠償を求め、予備的に、右Bの不法行為により被った弁護士費用を含む損害である二八六万円の賠償(当審において、主位的請求につき不法行為に基づく損害賠償として弁護士費用に相当する損害を含む一八六万円の賠償請求を、予備的請求につき弁護士費用に相当する損害二六万円の賠償請求をそれぞれ追加した。)を求めている。

これに対し、新日本証券は、XらのBに対する金員交付の事実自体を争うとともに、仮に右各金員の交付があったとしても、それはXらとBの個人的な関係に基づいて授受されたものであって、新日本証券に預託されたものではないとして右各金員の返還義務及び使用者としての損害賠償義務のいずれをも否定している。

二  本件の前提となる事実及び当事者双方の主張(原判決の記載の引用)

本件の前提となる事実及び争点に関する当事者双方の主張は、次項のとおりX及びYのBに対する金員交付の趣旨に関する双方の主張を補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要及び当事者の主張」の「二 前提事実」及び「三 主張」の各項の各記載(ただし、X及びYの新日本証券に対する各請求に関する部分に限る。)のとおりであるから、右の各記載を引用する。

三  双方の補足主張

1  X及びYの各主位的請求に関する主張

(一) Xは、Bから、「客方」に入金された資金は会社が運用していると説明されていたため、同様に「客方」に入金している他の顧客の資金をまとめて新日本証券が運用するものと理解し、そのような資金としてこれをBを通じて新日本証券に預託したものである。

(二) Yは、平成五年八月三一日ころ、新日本証券から中期国債ファンドを購入する目的で一六〇万円をBに交付したものである。ところが、Bは、そのうち一〇〇万円を勝手に「客方」に入金してしまい、Yは、その返還を受けていない。

2  新日本証券の主張

(一) Xの主位的請求について

(1) 平成一〇年の改正前の旧証券取引法六四条による外務員の権限

証券会社の業務の範囲は、有価証券の売買、証券取引市場における有価証券の売買取引の媒介等に限られている。XとBとの「客方」による取引のように、外務員が一定の利払の約束の下に顧客から消費寄託ないし消費貸借として金銭の預託を受ける行為は、右証券会社の業務の範囲外の行為であり、証券会社は、外務員の行ったこのような業務の範囲外の行為については、責任を負うことはないものというべきである。

また、このような外務員の行為が証券会社の業務の範囲外の行為であることは、多くの投資家に知られているところであり、Xにおいても、Bの行為が新日本証券にとって右のようなその業務の範囲外の行為であることについて悪意であったともいうべきである。さらに、Xは、「客方」における取引に関して、Bから具体的な説明を受けておらず、その取引について証券取引法に基づく売買報告書、受渡計算書、取引明細書、預かり証等の書類の交付も受けていないのであって、このようにBが取引に関して作成した書類に不自然な点があるのに、XがBの言のみを信じて取引をしてきたことには、悪意と同視できる程度の重大な過失があるものというべきである。加えて、Xは、その妻C(以下「C」という。)がBと姻戚関係にあることからしても、右のようにBに対して金員を交付するに当たって、右Bが新日本証券のために行動しているものではないことを知っていたものというべきである。

よって、XとBとの間で行われた「客方」を用いてする取引は、旧証券取引法六四条一項にいう外務員がその所属する証券会社に代わって行う取引には該当せず、また、Xは同条二項にいう悪意又は悪意と同視できる程度の重大な過失のある顧客に該当するから、新日本証券は、Bの右の行為について責任を負うものではないというべきである。

(2) 民法九三条ただし書の類推適用

新日本証券には、Xが主張するような一定の利払の約束の下に顧客から消費寄託ないし消費貸借として金銭の預託を受けるための「客方」という特別の口座は存在しないのであるから、このような口座を用いた取引に係るBの行為は、新日本証券の業務の範囲外のものか、そうでなくても、同社の代理人としての権限を著しく逸脱した行為である。また、右(1)で述べたとおりの理由から、Xは、Bの「客方」での取引に関する行為が架空のものであること、あるいは外務員としての権限を濫用してされるものであることを知り、又は容易に知り得たものであるというべきである。したがって、「客方」での取引が新日本証券の代理人であるBの代理権の範囲内の取引に当たるものとしても、これは、Bが自己又は第三者の利益を図るためにその代理権を濫用して行った取引というべきであり、しかも、Xはこの点について悪意又は重大な過失があるものというべきであるから、民法九三条ただし書の類推適用により、その新日本証券との間での右の金員の預託に関する合意は無効とされることとなるものというべきである。

(3) 過失相殺

仮にXの預託金返還請求権が肯定されるとしても、右のとおり、「客方」での取引に関しては、Xに過失が存するのであるから、信義則ないし過失相殺の法理により、新日本証券の責任は限定されるべきである。

(二) Yの主位的請求について

Yは、自己の口座を持っているにもかかわらず、平成二年に、あえてXの「客方」なる口座を用いて運用する意図でCに一六〇万円を渡したものであり、また、平成五年八月三一日ころに中期国債ファンドを購入する資金としてBに預託したと主張している一六〇万円についても、これが正規の手続によるものであれば、取引報告書、受渡計算書、お取り引き明細書等の正式書類の交付があるはずであるのに、これを受けておらず、中期国債ファンドの解約違約金の記載のある「お取引明細書(報告書・計算書)」(甲一七)及び一〇〇万円を買付代金として預かる旨の記載のある「お取引明細書(預証券残高の明細)」(甲二〇)を受領したのみであることからして、この一六〇万円のうち一〇〇万円についても、これを「客方」での運用金としてBに交付したものと考えられ、そうであれば、Yについても、XとBとの間での「客方」に関する取引について主張した(一)の(1)ないし(3)の各主張が当てはまることとなる。

第三当裁判所の判断

一  X及びYのBに対する金員交付の経過等について

X及びYがその主張の金員をBに対して交付するに至るまでの事実経過は、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の一の項で説示するとおりであるから、この説示を引用する。

二  X及びYが主張する預託契約の成否について

1  Xに関する「客方」口座による取引の内容等について

新日本証券の外務員であったBが、昭和五八年九月ころから取引のあったXの妻であるCに対し、昭和六一年四月ころ、「客方」という特別の口座で限られた客のみが利用できる枠があるなどと説明して勧誘を行い、このころから、Xが右「客方」に入金する趣旨でBに金員の交付などをするようになったことは前記引用に係る原判決の説示にあるとおりである。

新日本証券は、右のBの説明に係る「客方」口座での取引は、一定の利払の約束の下に顧客から消費寄託ないし消費貸借として金銭の預託を受けるものであって、証券会社の業務の範囲に属しない預金業務、銀行業務に当たるものであると主張する。

しかしながら、証券会社である新日本証券の業務に株式や国債証券のほか証券投資信託等に関する受益証券等の有価証券の売買等に関する取引が含まれることはいうまでもないところ、Bは、かねてから新日本証券の外務員として、顧客に対し、主としてその利回りに着目した商品であるいわゆる貯蓄型の投資信託等への投資を勧誘してきており、Xに対する「客方」を利用した取引への勧誘についても、その取引においては、Xの預託する資金を会社が運用するものであると説明し、その口座を利用して会社がどのような商品を購入するかは任せてもらうとの説明を行っており(甲一の一、甲二)、現に、Bは、Xから預託を受けて「客方」に入金したこととした金員でXのために株式を購入している事実もあることが認められるのである(甲四の二、証人B)。これらの事実からすると、BがXに対して「客方」口座への資金の預託を勧誘したという取引の内容が、新日本証券が主張するような一定の利払の約束の下に消費寄託ないし消費貸借として金銭の預託を受けるという内容のものであったとすることはできず、むしろ、これは、新日本証券が証券会社として取り扱う株式、投資信託等の各種の商品に対する投資資金を、その投資の対象とする商品の選択を新日本証券側に一任するという形で新日本証券に預託するという形態の取引であったと考えられるものというべきである。

そうするとXの「客方」口座を利用した取引は、証券会社である新日本証券の業務の範囲外の取引であるものとすることはできず、これが、新日本証券の外務員としてのBの代理権の範囲外の行為であるとすることはできないものというべきことになる。

2  Xの悪意ないし重過失について

ところで、Bは、右のとおり、自らがかねてから証券取引等を勧誘してきたところ損失を被らせることとなった顧客に対して、自らの負担で損失補填を行うための資金に流用する目的で、Xから右のとおりの金員の預託を受けたものであって、現にこれを新日本証券には入金していないことは、前記引用に係る原判決の説示にあるとおりであり、したがって、Bは、新日本証券の外務員としての権限を濫用し、自己又は第三者の利益を図るために、新日本証券の外務員としてXから右の金員の預託を受けたこととなるものというべきである。しかしながら、BのCに対する取引の勧誘の内容は前記引用に係る原判決の説示にあるとおりであり、また、証拠(甲四の一ないし三、甲五三、乙九、証人B、同C)によれば、Cは、Bから勧められるままに右「客方」での運用のための資金を預託することとなり、その取引経過を明らかにするために、Bが準備した新日本証券の社名が入ったノート(甲四の一、二)をXが保管し、これにBが取引の内容を記載していたが、Cは、新日本証券から送付されてくる書類に「客方」での取引が載っていないなど右の取引にこれまでの取引と異なる点があることを不審に思うようになり、昭和六二年及び昭和六三年に新日本証券に電話で確認したところ、応対した社員の返答から「客方」という口座の存在が確認できたこと、また、通常年に一回以上新日本証券から送付される照合通知書(乙九。顧客からの預り金残高や商品の預り残高が記載してあり、これについて顧客に問い合わせる内容のもの。)には「客方」での取引について記載はなかったものの、これに代替するものとして、Bの手書きの年末の残高報告書(甲四の三)が毎年交付されていたことから、これを信用していたことが認められるのである。

以上のような経過に照らすと、XないしCが、Bの前記のような意図を知っていたとすることはもとより、これを知らなかったことにつき悪意と同視できるような重大な過失があったとまですることも困難なものとせざるを得ないものというべきである。

そうすると、Bは、新日本証券の外務員として、同社のためにXから右の金員の預託を受けたこととなるものというべきであるから、新日本証券は、Xに対し右預託金の未返還の残金を返還すべき義務があるものというべきである。

なお、右のような取引経過からして、新日本証券のXに対する右の預託金残金の返還債務について信義則ないし過失相殺の法理を適用してその金額を減額すべき事情を認めることも困難なものというべきである。

3  Yに関する取引について

Yの妻であるDが、平成五年八月三一日ころ、新日本証券から中期国債ファンドを購入するための資金として、Yの出捐に係る一六〇万円をBに預託したことは、前記引用に係る原判決の説示にあるとおりであり、証拠(甲二、一九、証人B)によれば、Bの側でも、右の一六〇万円の金員を中期国債ファンド購入資金の趣旨で受け取ったことが認められるから、右の金員は、右のような趣旨の金員として新日本証券に預託されたものというべきである。

もっとも、Bは、右の一六〇万円のうち一〇〇万円をYないしDには無断で「客方」に入金してしまっていることは、前記引用に係る原判決の説示にあるとおりである。しかし、この事実をYないしDが知ったのは、Bとその顧客との間での預託金をめぐる紛争が顕在化した後の平成六年になってからである(甲二、五〇、証人D)ことに照らすと、YないしDがBに金員を交付した時点でBが右の金員をこのような用途に供する意図であることを知っており、あるいはこれを知り得べきであったものとすることは困難なものというべきであり、結局、この点は、右のYと新日本証券との間の右の金員の預託関係の成否を左右するものではないものというべきである。

三  まとめ

1  Xが、昭和六一年四月一日から平成三年一一月一日までの間に、Yから預かった一六〇万円を含めて、「客方」の運用資金としてBに預託した金員の合計が三一一〇万三九九〇円であり、昭和六三年三月から平成五年六月ころまでの間にBから合計九五六万三三五五円の返還を受けたことは、前記引用に係る原判決の説示にあるとおりであるから、その残金二一五四万〇六三五円及びこれに対する本訴状が新日本証券に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成七年七月八日から、支払済みに至るまでの間の民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるXの新日本証券に対する主位的請求はすべて理由があることとなる。

2  また、Yの主位的請求のうち、中期国債ファンドの購入資金としてBに交付した一六〇万円のうちBが「客方」に入金した一〇〇万円の返還を求める請求には理由があることとなるが、平成二年八月二〇日にDが姉のCに預け、これをCがXの「客方」に預託することとしてBに交付した一六〇万円の金員については、Yは、Xに対してその返還を請求し得るにすぎないものとみるべきであり、(現に、この一六〇万円については、Xが新日本証券に対してその返還を求める請求を行っているところであり、その請求に理由があるものと考えられることは前記のとおりである。)、しかも、前記のとおり、この金員がBを通じて新日本証券に預託されたこととなるものと解される以上、不法行為を理由に右の金員に相当する損害の賠償を求めるYの予備的請求は、その前提を欠く失当な請求となるものとせざるを得ないこととなる。したがって、Yの主位的請求のうち、右の一〇〇万円及びこれに対する本訴状が新日本証券に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成七年七月八日から支払済みに至るまでの間の民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるが、不法行為を理由に一八六万円の支払を求める請求及び予備的請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないものというべきである。

第四結論

以上の次第で、Xの控訴及びYの附帯控訴に伴い、右に判断したところに従って原判決主文中のX及びYに関する部分を本判決主文二項のように変更し、また、新日本証券の本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 合田かつ子 裁判官 宇田川基)

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